今年の大河ドラマでは、豊臣秀吉に軍事としえ仕えた・黒田官兵衛がやっておりますね。

天下を取って、その後繁栄しなかった豊臣家。
一方、同じぐらいの時代に、1600年〜約270年も続いた徳川家。

この両家が示す違いとはなんなのでしょうか。

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それは、世継ぎ問題に表れていると言われています。
この時代は側室と言われる妻がたくさんいる時代、いわゆるドラマや映画にもなっている大奥です。
5人の側室から、11男5女の子宝に恵まれた家康と、なかなか子供に恵まれなかった秀吉。

今現代で『同族会社じゃないと・・・』という考えは少なくなってきましたが、日本は古来から、お家の血を絶やさぬように生きていく国。
この時代は、その将軍の血を受け継ぐものが後継者として引き継ぐのが当たり前の時代だったのです。
将軍のお家に生まれれば、将来の職業も将軍。
家臣の血は、家臣としての後継者なのです。

1600年、関が原の戦いで勝利した家康は、1603年に征夷大将軍に任命され江戸幕府を開き、天下人となります。
しかし、わずか2年後の1605年には、三男の秀忠に征夷大将軍を譲り、駿河に隠居します。
この時、秀忠は26歳。

江戸幕府を開いたとはいえ、関が原の戦いからわずか5年しか経っていないこの時には、世の中には反徳川家、つまり豊臣家を指示する者もおりました。

しかし、秀吉の没し後、大将を失ない、関が原の合戦で敗れた豊臣家は急速に勢いを失っていきます。
唯一の跡継ぎ、豊臣秀頼は関が原の戦いの時にはわずか7歳。
結局、それから両家の確執は続き、1615年の大阪夏の陣で豊臣家は滅んでしまいました。

その後の徳川家は、たとえ子宝に恵まれない将軍が現れたとしても、家康の11男5女が大きな影響を与え、
270年もの間、血が途絶えること無く天下平定に向けて反映していくのです。


これはね、お店や会社、それから皆さんのビジネスにもおんなじ事が言えると思うんですよ。

戦国時代は、人望よりも"将軍家の血"だったので、豊臣秀吉は残念でしたが、
今の時代は、社長でも社員でも、お客様にも後継者を作って置くこと。

どんな後継者かと言えば、まるで血のつながりがあるかの様なファンの事です。

どんなに優秀な社員だって、どんなにお金を使ってくれる有料顧客だって、あなたに対するコミュニケーションが浅ければ、いつかいなくなっちゃいますよ。

だから、才能や使うお金ではなく、絶対に離れていかないほどのコミュニケーションを深めて行くことが大事なんですね。